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矢吹丈、もう一つの心の側面
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特に、紀子との関係について
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| ジョーにとって女性とはどのような存在であったのだろうか。ジョーに好意を寄せた白木葉子、乾物屋の娘紀子、ドヤ街の少女サチのいずれもが、彼の性的関心の対象になりえなかった。 |
| 葉子は、あまりに強い自尊心のために、ジョーへの好意を表すことに失敗し続ける。紀子は自分の「家」に安住しようとしないジョー以外の男を選び、サチは、これから初潮を迎えようというほんの子供に過ぎなかった。 |
| ジョーは不毛の異性関係の中で成長していった。 |
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「不良」と呼ばれたジョーの素顔
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ジョーが周囲の女性に対して取る態度や行動は、きわめて慎重でほとんど憶病とさえ言える。それを端的に示すジョーのエピソードがある。
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「よせやい人のほっぺた、なめやがって…こそばゆいな、ちくしょう」(*1)と赤面した表情には、「殺人ボクサー」と呼ばれたジョーの純情な一面がのぞく。これは、ピナン・サラワク(東洋バンタム級3位)との初防衛戦のためハワイへの遠征時、空港で土地の娘から歓迎のキスを受けての台詞である。
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鑑別所の心理学専門家に「心が荒廃し切っている」と断言(鑑定)された青年期前期(15歳)の不良少年、矢吹丈。しかし、暴力を別にすれば、生活面には飲酒や喫煙、不純異性交遊といった荒廃の影が見られない。もちろん、集団での暴力を武器にしたイジメの加害者でもない。 |
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内向性が強く心身の置き場所を探し求める少年が、ドヤ街にたまたま住みついただけである。仮りに、ジョーが家庭に身を置く現代の少年であれば、非行や犯罪よりも家出や登校拒否によって救援信号を周囲に示すタイプとさえ思われる。 |
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ジョーの不良少年像は、経済的に豊かな現代社会の非行少年の類ではなく、敗戦直後の闇市にたむろしていた貧しい時代の不良少年と共通する点が多い。
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ジョーは精神病質者ではない
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これは、力石の死後、ヤクザの用心棒であるゴロマキ権藤との乱闘事件で警察に連行され、身柄を引き取りにきたマンモス西が廊下に立つ姿を力石と見間違えて、悲鳴をあげたりすることに示されている。 |
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これは精神分裂病などでの「幻覚」ではなく、「情動錯覚」(*3)と呼ばれるもので、実際に存在するものを異なったものとしてとらえてしまう現象である。
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さらに葉子や紀子との会話のなかで、殺してしまったり、再帰不能にしてしまった過去の対戦相手への強い罪悪感を告白している。 |
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少年院に送られる直接の原因となった詐欺事件のエピソードでも、福祉施設建設の理想を語るなど、精神的価値を願い求める傾向が強い。ジョーは金銭を詐し取るために理想を語ったのではなく、自分とサチやほかの子供たち、そして恵まれない人々が住むべき理想郷を建設するために、作り話をしたと捉えた方がいい。ジョーのユートピア願望は空想として広がっていた。 |
| そこには「空想虚言症」(*4)の傾向さえうかがえる。孤児院で育ったジョーの問題点は、似た環境の子供たちにしか心を開かないことである。一方、大人に対しては防衛的態度(防御機制)(*5)が過剰で、このことが彼の社会生活を不器用なものとした。 |
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紀子とのすれ違い
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| 紀子はジョーが少年院を退所後に出会った、アルバイト先(乾物屋「林屋食料品店」)の娘である(当時はセーラー服で通学している)。紀子は、精神的な障害をみじんも感じさせない、世間でいう「ごく普通」の女性である。しかし、この「ごく普通」の人間こそが、ジョーのようなわが道を歩む"アウトサイダー"(*6)にとって最大の難敵となりがちなのだ。 |
| ジョーは、社会の「許されない外側」と「許される内側」の双方に出入りする存在であり、しばしばその境界線を歩む人間(ボーダー)である。「許されない外側」にいる者やボーダーは、「許される内側」に属する人間から一括して"アウトサイダー"として扱われる。 |
| アウトサイダーは、基本的に非難され、監視され、逮捕・監禁され、矯正され、追放される存在である。そのために、アウトサイダーは、周囲とコミュニケーションすることにより、「異質であるだけで敵意がなく、場合によっては有益な存在であること」を表明して生活の場を確保しようとする。 |
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ジョーは、前途有望なボクサーとしては大人の世界と、暖かい友人としては子供たちの世界と、コミュニケーションに務めている。そもそも、ジョーと紀子の場合、コミュニケーション自体が成立していない。それは紀子が、サチのようにジョーとままごと遊びをするには大人であり、ボクシング自体には興味がなかったからである。 |
| ジョーにとっての紀子は、アルバイト先にたまたまいた娘であり、ジムの手伝いをしてくれたり、試合時のセコンドをつとめてくれるスタッフでしかない。「自分を嫌っていない」「マンモス西と仲がよい」といった情報を、頭の隅に意識している程度の関係だ。 |
| 一方、「ごく普通」の紀子は、禁欲的な生活を送るジョーに異性として好意を持ち、ジョーの力になろうと努めていた。たとえば、ジョーに公園へと誘われた紀子は喜んで言う(*7)。 |
| 「うれしい…うれしいっていったのよ…だって矢吹くんにどこそこにいこうなんてさそわれたのはじめてなんだもの」 |
| 一方、当然ながらジョーは気づかない。 |
| 「ごく普通」の紀子は、「ごく普通」の人として次の言葉を口にする。 |
| 「ちっぽけな林屋ですけど、つつましく地道に下町の人たちに愛されながらはたらく毎日だって…」 |
| いかにも世の中すべてが認めて当然であるようなニュアンスを込めて語られた紀子の言葉に、ジョーは、 |
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「ああそこにも人生はあるだろう、ほのぼのとした幸福ってやつがよ。しかし、とにかくこの矢吹丈にはご縁がねえってこった!」 |
| と、一線を引いてしまう。 |
| 彼女は、ジョーが力石らに抱いている罪の意識を否定し、彼を異常と決めつける。 |
| 「そんな…矢吹くん考えすぎだわ だいいちボクシングはスポーツなんでしょう。スポーツに負い目だの死刑だのって感覚がすでにおかしいわ!」 |
| 紀子はさらに問いかける。 |
| 「もうボクシングやめたら」 |
| 「矢吹くんは…さみしくないの?同じ年ごろの青年達が海に山に恋人とつれだって青春をおう歌しているというのに」 |
| 「くる日もくる日も、汗とワセリンと松ヤニのにおいがただよう、うすぐらいジムにとじこもってなわとびをしたり、柔軟体操をしたり、シャドー・ボクシングをしたり、サンドバッグをたたいたり」 |
| 「からだはまだ、どんどん大きくのびようとしているのに、体重をおさえるために食べたいものも食べず、のみたいものものまず」と、たたみかける。 |
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「多数派」に属する紀子のジョーを脅かす態度
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異文化の衝突や多様な価値観の相克に悩むアメリカでは、専門家による治療的介入の対象となる精神障害、とくに神経症や心因反応、人格障害などを単なる個人の病としてではなく、「関係の障害」という面からとらえる傾向がある。
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| 「関係の障害」克服のために、「家族療法(*8)」の過程で初期に求められるのが「コンストラクティブ・マッチング(*9)」である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| コンストラクティブ・マッチングとは、二人の人間がコミュニケーションすることで互いに成長し、共通の世界を持つようになったと互いに認め合うことをいう。この共通の世界に対して、両者からのインタフェースは基本的に開かれているため、「関係の改善」や「関係の再構築」が容易になる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ジョーは、自分と同様の境遇にありながらボクサー生活に耐えられず、乾物屋の使用人としての人生を選んだマンモス西を、紀子と結び付けて同一平面上にとらえている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| かといって、ジョーは西や紀子が語るような安定した生活を批判しない。コンストラクティブ・マッチングの考え方は、人が他者を含めた世界を認識する場合のスタイルと内容は自由であり、むしろ積極的に尊重すべきであるということを前提としている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ジョーと紀子の場合、ジョーは彼女の生き方を認めているが紀子のほうは彼の人生を認めようとしない。生き方の価値観で、世間からは絶望的なまでに孤立しているジョーにとって、「違った」他者と共棲することは、社会的存在として現実に生活し続けるための大前提である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ここで問題なのは、自分が多数派に属しており、安全で安定した立場にあるという幻想を前提にして、批判したり、軽蔑して、ジョーを脅かす紀子の態度である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 紀子のジョーを攻撃する言葉は止まらない。「みじめだわ、悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにくらすぎるわ!」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「わたしついていけそうにない…」二人は最後まですれ違いのまま別れてしまう。彼女の後ろ姿を見送ったジョーは、自分が紀子やマンモス西と異質であり、誰とも違う自分自身であるために一人ぼっちで生きてきたことを知った。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| そして、自分を捨てて彼らの世界に歩み寄らない限り、自分が置き去りにされるという、現実の残酷さに立ちすくむのだった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||